じいちゃんはもやしを食べなかった。
「一生分食べたから」って言ってた。
嘘だろ?って思ってたけど、多分本当なんだろうって、大きくなるにつれて思うようになった。好き嫌いじゃないんだって。
じいちゃんは戦争に行ってたらしい。もう死んで随分経つけど。
東南アジアのどっかの国を侵略した部隊にいたらしい。中学生で社会の勉強をして、どんな地域でどんな気候なのか、少しはわかった。
戦中、国内に限らず侵略に海外に出ている部隊にも補給が十分回らず、じいちゃんの部隊は食糧のほとんどを現地調達したらしい。移動し得る範囲のバナナとパイナップルは全部食べたって。で、それが尽きたら「もやし」を育てて毎日食べたって。もやしばっかりの日々で、且つ命も危険に晒されて…
だからもやしを食べないのは仕方がないかもしれない。バナナとパイナップルは好きで食べてたけど、まあ許そう。
「身体にいい」って、健康が最期の宗教(救い)みたいにあちこちで見かける。病気になりたくない、死にたくない、元気でいたい。そりゃそうだ。ビジネスとしていいところに目を付けたもんだ。
毒でも何でも、身体に何かしらの効果があるから食べてんだ。身体に変化が起こるんだから、逆向きに動かす効果のあるものはみんな「身体にいい」んだ。
ビタミン不足の人にビタミンを多く含んでいる食品は身体にいいし、カルシウム不足の人にカルシウムを多く含んでいる食品は身体にいい。
鉄分不足の人はスプーン舐めろって医者に言われるらしいから、スプーンだって身体にいいわけだ。
ところで、自分の気持ちじゃなくて、自分の状態わかってる?少なくとも食べると具合が悪くなる食べ物は避けてもいいんじゃない?
トマトを生で食べると胃の調子が悪くなるのさ。
牛乳飲むと下痢するのさ。
メンチカツ食べると胸焼けする歳なんだわ。
他にもあれこれ、半世紀近く生きていれば自分の身体だ、色々出てくる。
いい歳して好き嫌いすんなって言うけども妻よ、感情で食べないわけじゃないんだ。わかってくれよ。子供の前でも無理なもんは無理なんだ。体調に影響しなければ不味くても食べるよ、オレの身体にいいなら。